エピソード6-2「現実は映画のようなもの?」
そのとき、優しい風がふわりと吹いた。
その風にのって、近くの席に運ばれてきた珈琲の香りがぼくの鼻に届く。
思わず目を閉じて、うっとりとその香りを嗅いだ。
「アーシャ、香りも波動をもっているの?」
『うん。
五感で感じられるものも全て波動をもっているよ。』
カタンと椅子を引く小さな音が聞こえて、とっさに隣の席に目を向けた。
赤ちゃんを抱っこした女性が赤ちゃんを驚かせないように静かに席に座った。
机の上にあるメニューに目を向ける前に、赤ちゃんの顔をじっと見るお母さん。
赤ちゃんの寝顔を見て、幸せそうな顔をしている。
赤ちゃんの頬にそっとキスをしてから、メニューへと目を向けた。
その様子を見ていたぼくの心は、ぽかぽかと温かくなった。
そして、思わず微笑んでいた。
「あったかいな・・・。」
『今の優くんの波動に合わせて、現実は引き寄せられるんだよ。
温かい気持ちはポジティブな波動だ。
優くんがポジティブな波動を放っているから、
ポジティブな現実を引き寄せることができたんだよ。』
「うーん。
違う気がするな。
素敵な光景を目にしたから、温かい気持ちになっただけだよ。」
ぼくは机の上で頬杖をついた。
『みんな、そう思っているね。
でもね、逆なんだよ。
引き寄せる現実は、その人の内側の反映なんだ。
現実はね、その人の内側の様子を映しだしているだけなんだよ。
まるで、映画のようにね。
映画は映写機が映しだすものがスクリーンに映像として現れる。
いつだって、全ての現実は人の内側からはじまっているんだよ。』
「うーん・・・。
さっきから内側って言っているけど、
その内側って、どういうことなの??」
『ここでやっと「意識(感情と思考)」の登場だよ。
内側というのは「意識」のことなんだよ。
意識によって自分の現実は変化する。
自分の意識が自分の現実を引き寄せるんだ。』
「さっき玄関でしていた話に繋がるんだね!」
『優くんの意識は波動として外へと放たれる。
その外へと放たれた波動と同じような現実が引き寄せられる。
それが優くんの世界を創るんだよ。
意識の波動と現実の波動は共鳴し合う。
似たような波動が引き寄せ合うんだ。
いつだって、内側の意識が先に働くんだよ。』
「ふ~
難しいな。」
ぼくはため息をついた。
『呼吸という漢字の並びを思い出してごらん。
最初に「息を吐く」という意味の
「呼」という漢字がくるでしょ?
最初に「吐く」んだよ。
吐いて、吸う。
それが本来の呼吸の在り方なんだ。
全ては「出す」ことからはじまる。
「出す」からこそ入ってくるんだ。』
「ぼく、そろそろ、甘いものが食べたい・・・。」
ぼくの頭はパンク寸前だった。
「お待たせしました。
ブレンドコーヒーとロールケーキと
犬ようのお水です。
ごゆっくりお過ごしください。」
ぼくは頬杖をつくのをやめて、両手を膝の上におろし、店員さんにぺこりとお辞儀をした。
店員さんが去っていくのを見てからアーシャが言った。
『カフェも注文が先で
出てくるのが後だね。』
僕はいったんアーシャを無視して珈琲を口に運んだ。