エピソード10-2「1日の終わりにしないでほしいこと」

 
「でもね、良い気分は長くは続かなかったんだ。」

 

『何があったの?』

 

「会社について約束の時間になっても誰も来なかったんだ。

昨日、電話をくれた上司も早く来るはずだったんだよ。

 

上司と一緒に朝のミーティングのための書類を作るはずだったんだ。

 

少し遅れるのかな?って思って待っていたんだよ。

待っても、待っても、こない。

作る書類の詳細は今朝知らされる予定だったから、作り始めるわけにもいかない。

 

それで会社のはじまる20分前になって同僚の前田がきて・・・

あ!前田って、同僚の前田。一昨日SNSで見せた人ね。

 

その前田が「どうしたの?今日は早いんだね。いつもギリギリなのに。」

って嫌味を言ってきた。

 

そのあと少しして上司がきたんだ。

上司のところへ行って朝早くにこなかった理由を聞いたんだ。

そしたら

 

「朝のミーティングがなくなったから、朝早く来なくても良くなったんだよ。

あれ?君に電話するの忘れてたね!ごめん、ごめん。

まあ、たまには朝早く来るのもいいだろ?」

なんていうんだ!」

 

ぼくはアーシャに今日のことを話しながら、最悪な気分をまた味わっていた。

 

「それから、嫌な1日の始まりだよ。

水をこぼして書類をだめにするし

お昼の行きつけの喫茶店はお休み。

 

帰り道、途中で会社にスマホを忘れたことに気付いて・・・

ガーン・・・。

取りに戻る。

 

そのあと、渋滞に巻き込まれる・・・。

ぼくの気持ちは、さらに沈んでいった。

スマホを忘れなければ渋滞に巻き込まれることもなかったのに。」

 

『優くん、今日も1日、お疲れさま。

がんばったね。

優くんはすごいよ。

えらいよ。

ぼくは優くんのこと誇りに思っているよ。』

 

そういうとアーシャは、ぼくの手の甲をぺろぺろと舐めた。

アーシャの言葉を聞いて、ぼくの気持ちは少しずつ落ち着いてきた。
 

おつかれさま。

がんばったね。

すごいね。

えらいよ。

労りの言葉って、人を良い気持ちにしてくれるんだな。

 

『優くんも自分を労ってあげて。褒めてあげて。』

 

「無理だよ。だって失敗ばっかりだったもん。」

 

『失敗したとしても、今日も1日、無事に過ごせた。

こうして家に帰って来れた。1日を一生懸命生きた。

素晴らしいことだよ。

反省や後悔よりも、自分を褒めてあげて。

どんな些細なことでもいいから。

 

反省や後悔で1日をしめくくらないで。

そのかわり自分を褒めてあげるんだ。』

 

ぼくは、そういう気持ちにはなれなかった。

ぼくの口からでてくるのは自分を労わる言葉ではなかった。

 

「はあ。

上司のせいだよ。

上司のせいで、嫌な気分になった。」

 

アーシャを見ると悲しそうな顔をしていた。