エピソード5「感情は人参と良い気分になれる思考」
『はっ!!!!』
これは、アーシャがおしっこをするときにバランスをとる掛け声。
アーシャは雄だから、片足をあげておしっこをする。
「ねえ、気合を入れておしっこをしすぎじゃない?」
『ぼくは少しでもかっこいい角度でおしっこをしたいんだ。』
「誰もアーシャのおしっこする角度なんて気にしていないよ。
どうしてそんなことしてるの?」
『楽しいからだよ。
かっこいい角度でピタ!!って止まっておしっこするゲームをしているんだ。
ぼくはどんなときでもぼく自身を楽しませているんだ。』
「ふ~ん。」
さっきまで壮大な話をしていたのに、
なんだか同じ犬に思えないな。
『あ!タロちゃんだ。』
「ほんとだ。」
少し離れたところにタロちゃんがいた。
タロちゃんは大型犬。
よく、散歩の時間が重なるんだ。
タロちゃんは保護犬。
もともとは捨て犬で、山にいるところを保護されたらしい。
保護施設にいるときに今の飼い主である三野さんに出会った。
タロちゃんのことをいつも1番に考えている心優しい方。
タロちゃんは人が怖くて、三野さん以外には近づかない。
だから、ぼくは一度もタロちゃんを撫でたことがない。
それでも、ぼくはタロちゃんが大好きだ。
タロちゃんの表情を見ているだけで癒されるんだ。
タロちゃんは神様から愛嬌をたっぷりと与えられたんだと思う。
ぼくは三野さんとタロちゃんに大きく手を振った。
三野さんも大きく手を振りかえしてくれた。
『決めたよ、優くん。』
「何を?」
『タロちゃんに、ぼくのかっこいいところを見せようと思う。』
「え?かっこよくおしっこするところっていうこと?」
『うん。』
「見せなくていいよ・・・。」
『いや。練習の成果を発揮するときがきたんだ。』
すごく張り切っているアーシャに、ぼくは何も言えなくなった。
アーシャは堂々と胸を張って茂みのほうへと歩いていった。
自信に満ちた誇らしげな顔をしている。
『ここだ!はっ!!!!』
また、あの掛け声。
『あ・・・・・
わ!!!
あ”ーーーーーーーーーーーーお』
(バランスを崩して茂みの枝に大切なところが刺さったアーシャ。)
ひょこひょこ。
「歩き方が変だね」
『・・・。』
「枝が貫通しなくて良かったよね。」
『うるさい』
「タロちゃん見てたね。
三野さん、笑ってたね。」
『・・・。』
「アーシャ、今の気分はどう?」
『・・・。』
「今の気分は?」
『しーーーーーーー。』
「なにその「しー」って。ちょっとイラっとするな。」
『はっ!!!!』
次はピタッと止まる。
『やったー!!今日の最高記録だ!!!
失敗の後の成功って、なんて気持ちがいいんだ!!
ぼくって天才。
ぼくってすごい。
かっこいい。
もてもて!!!』
「タロちゃんに恥ずかしいところ見られたのに、もう落ち込んでいないの?」
『いいんだ。失敗しても。
挑戦したこと自体がかっこいいんだから。』
「ふーん。もう機嫌がなおったんだね。」
『ぼくは不機嫌を維持しないんだよ。
いつでも良い気分になれる思考をもっているからね。』
「良い気分になれる思考?」