エピソード15「気付くことで内なる神聖な場所と繋がる」

 
家から車で30分くらい走ったところにある湖にやってきた。

この湖はアーシャのお気に入りの場所で、休みの日にたまにくる。

アーシャは嬉しそうに目を輝かせている。

いつもレジャーシートを敷いてのんびりと過ごすんだ。

 

ぼくは、ほとんど考え事をしていた。

少し離れた場所で、絵を描いている人を見かけて・・・

ぼくは過去の自分を思い出していた。

 

大学では絵を学んでいた。

誰でもはいることのできるような、そんな学校だったから、自慢にもならないけど。

それでも必死に努力して、努力して、努力して、そして挫折した自分のこと。

 

友人のなかには、まだ絵を続けている人もいる。

プロになった人もいれば、他の仕事をしつつ絵を描き続けている人もいる。
 

あの頃のぼくは人より秀でることができないなら、やる意味がないって思ってしまった。

続けていても意味がないって思ってしまった。

 

続けていたら、どうなっていたんだろう。

 

「あなたの作品は普通ですね。」

と言われたとき、心にヒビが入ったようだった。

芸術家を目指す人にとって「普通だね。」という言葉は

「価値がない。」と言われているも同然だった。
 

コンペに作品を出して、評価されて、落選して、その繰り返しに疲れてしまった。

コンペでの落選を繰り返して、ぼくは「自分の価値」を見失ってしまった。
 

それで燃え尽きて・・・

燃え尽きたと言うと聞こえはいいけど、逃げたんだ。

もう10年以上も絵を描いていない。

描きたいとも思わなくなっている。

 
でも小さい頃から絵しか描いてこなかったぼくは、空っぽになってしまった。

無気力で、毎日がつまらなくなってしまった。

 

『優くん、湖に小さな宝石が浮かんでいるみたいじゃない?

きらきらと輝いているよね。

湖のうえを気持ちよさそうに泳ぐ鳥たちを見て。

とっても幸せそうだよね。

 

鳥のさえずり。

風にゆられて木の葉が触れ合うさらさらという音。

小さな花もゆらゆらと揺れて、踊っているみたい。

 
みんな幸せそうだね。

微笑んでいる気がする。

なんて神秘的なんだろう。』

 

考え事をしているぼくは、アーシャの話を聞いていなかった。

 

「痛!!!」

 

アーシャにパンチをお見舞いされた。

 

「何するの、アーシャ。爪もあたっただろ。・・・爪切らないとな。」

 

『優くん、こんなに美しい世界が目の前に広がっているんだ。

今、目の前にある美しい世界を楽しんでよ。』

 

「え?」

 

『どうせ、過去のことでも思い出していたんでしょ?

それで気持ちが沈んできているんでしょ?』

 

「え!アーシャどうしてわかるの?」

 

「人の思考って、過去と未来のことばかりだよ。

 

思考は本能的に「心配」や「不安」や「後悔」を探す。

「心配なことはないかな?」

「どうしたらもっと良くなるかな?」

そしてその「心配」や「不安」や「後悔」をどんどん大きく膨らませていく。

過去を後悔し、未来に不安を抱く。

 

人は考え、悩むことが習慣になっている。

だから自分が考えているということにも気付いてない。

悩んでいるということにも気付いていない。

 

人はいつだって「今」にいないんだ。

ここではないどこかにいるんだよ。』

 

「ここではないどこか?

ぼくはここにいるよ?」

 

『優くんが過去と未来について考えているとき、優くんは今ここにはいないんだよ。

優くん、さっき美しいピンク色の鳥が目の前を通り過ぎたのを見た?』

 

「気付かなかった。」

 

『そう。気付かなかったんだよ。

今ここにいるということは「気付く」ことなんだよ。』

 

「気付くこと?」

 

『今、目の前で起こっていることに気付き、それを感じ、味わうこと。

それが今ここにいるということなんだよ。

 

鳥が通ったことに気付き、美しいと感じ、それをじんわり味わう。

湖がきらきらしていることに気付き、神秘を感じ、それを味わう。

自然がつくりだす奇跡に気付き、喜びを感じ、それを味わう。』

 

「そんなこと、考えたこともなかった。」

 

『考えることではなく、感じることを大切にしてほしいんだ。

気付き、感じて、味わっているとき、思考は過去や未来をさまよわない。

意識して「気付く」ということをしてごらん。

自分を取り囲むすべての美しさに気付いてごらん。

 

そしてその美しさを心で感じて、味わうんだ。

 

するとね、脳よりも心が優位になっていることに気付くはずだよ。

心が優位になることで、人は自分の内に宿る神聖な場所と繋がることができるんだ。

神聖な場所っていうのは「魂」や「高次元の自分」のことだよ。』

 

「どうして心が優位になると「魂」と繋がることができるの?」