エピソード16「『悩み』と『幸せ』どちらを見る?」

 
翌朝、ぼくは珈琲を淹れるときに

珈琲を淹れていることに気付き、香りを感じ、幸せを味わいながら珈琲を淹れた。

すると、自然と毎朝、当たり前に珈琲が飲めていることへの感謝の気持ちが湧き上がった。

 

珈琲をひとくち飲んで、体全体がふわりと和らいでいくことも味わい、その後は珈琲を飲みながら昨日の感謝日記を書いた。

 

『夜、寝る前にその日にあった感謝できることを書いてね。』とアーシャに習ったものをぼくは感謝日記と名付けた。

最初は寝る前に書いていたのだけど、寝る前は続かなかった。(眠いし、面倒くさいのだ。)

それで、朝に早く起きて珈琲を飲みながら昨日の「ありがたい出来事」を思い出すことにした。

そのほうがぼくにとっては心地良く、自分に合っていると感じた。

それに感謝の気持ちを朝にたっぷりと味わうことで、その日1日も感謝の気持ちで過ごせるような気がしていた。

アーシャも『自分に合うやり方でいいんだよ。』と言ってくれたので、その方法で続けている。

 

「おはよう、優。」

 

「あ、おはよう、お母さん。珈琲飲む?」

 

「いただこうかな、ありがとう。」

 

お母さんは、うっとりと、おいしそうに珈琲を飲んでいた。

アーシャが母の足に鼻をツンツンとあてると、母はアーシャを膝の上に乗せた。

 

「今日もアーシャが可愛い。今日も平和。今日も幸せ。」

 

お母さんがアーシャの頭にキスをすると、アーシャは嬉しそうに耳を後ろにたたんだ。

そういえば、お母さんはいつも幸せそうに見える。

お母さんからネガティブな言葉を聞いたことがなかった。

 

「お母さんは悩みとかないの?」

 

ぼくは、お母さんに何気なく質問をした。

 

「悩みを見つけるよりも幸せを見つけるのが得意なの。」

 

「すごい特技だね。」

 

ぼくが褒めると、お母さんは嬉しそうに顔をくしゃっとして笑った。

 

「昔はいろいろ悩んでいたけどね・・・。

悩みに支配されると目の前にある小さな幸せを見逃してしまう。

なんだか、もったいないなって思ったの。

 

あるとき、どうして悩みはこんなに簡単に見つけられるのに、幸せは簡単に見つけられないんだろう。って不思議に思ったの。

悩もうと思えば、なんにでも悩めてしまう。

それならば逆に、幸せを感じようと思えば、なんにでも幸せを感じられるのかな?って気付いて、それからは悩むことはほとんどないかな。

今の自分に解決できることならできることをする。

でも、そうではないなら、悩むことに時間をつかわない。

幸せを見つけて陽気に生きているほうが人生は楽しいから。」

 

「すごいな。」

ぼくがポツリと言うと、お母さんがぼくを優しく見ながら言った。

 

「優も最近、変わったよ。

なんだか最近は楽しそうに見える。

絵をやめてから無気力というか・・・辛そうだったから。」

 

「アーシャのおかげだよ。

・・・お母さんは、ぼくが絵をやめるときどう思った?

たくさんのお金を使わせたのに、ごめんね。」

 

お母さんはそっと顔を横に振ってから、まっすぐぼくの目を見た。

 

『そんなの気にしてないよ。

優が、今、幸せならいいよ。

 

絵はね、そのときの優の表現方法だっただけで、絵は優の価値を決めるものではないもの。

 

人はどんどん変化していく。

そのとき、やりたいなって思うことを素直にやればいいんだよ。

辞めたからといって、これまでの日々が無駄になるわけでもない。

続けなかった自分を恥じる必要もないよ。

自分で選んで決めたことがすごいことだよ。

どの経験もぜんぶ、優の魂の成長に繋がっている。

そのときの優に必要なことをしているだけだよ。」

 

ぼくは驚いた。

お母さんは、アーシャのようなことを言う。

 

「ありがとう、お母さん。」

 

「お母さんは、優を誇りに思ってる。

生まれてきてくれた瞬間から、誇りだし、自慢だよ。

優も自分を誇りに思い、自慢に思い、生きてほしい。」

 

ああ、ぼくは涙がでそうだった。

 

「優、今日、会社は?」

 

「今日は、休んだんだ。」

 

「具合でも悪いの?」

 

「違うよ。有給休暇をもらったんだ。」

 

「そうなんだ。」

 

そういうと、お母さんは「珈琲、美味しかった。ありがとう。」と言って台所に向かった。

お母さんは昔から、深くは聞いてこない。

それが心地良かった。

信頼しているということを、言葉にせずに、伝えてくれている気がしたから。

 

「お母さん、今日、出かけるから朝ごはんとお昼ごはんはいらないよ。

アーシャと遠出してカフェに行ってくるね。」

 

「はーい、行ってらっしゃい。カフェ好きだねー。」